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「子どもたちに笑顔を!」プロジェクト

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平成23年6月6日(月)、子どもたちに素晴らしいプレゼントが贈られました。

気仙沼でホヤ大使をされている三國清三シェフが日本フランス料理技術組合の全国のシェフの皆さんとともに、気仙沼市立階上小学校を訪問され、全校生徒を対象として子供たちの食育事業を行ってくださいました。

 これまで、まだ避難所との関係もあり、パン給食のみだった子供たちが、フレンチのシェフの皆さんの情熱と愛情のこもった料理を堪能し、自然と笑みを浮かべてくれました。
 菅原理事長の言葉をお借りすると、『おいしい料理は、体だけではなく、豊かな心も満たしてくれる』ものなのだとあらためて感じます。

 これも、ひとえに何かしてあげたいという気持ちひとつで来たいただいたシェフ、すべてのスタッフの皆さまの思いが、子供たちに届いたのだと思います。

 当日は、食育事業のほかにも、日本バレーボール協会の皆さんも、子供たちに運動や、バレーボールの楽しさを伝えてくれました。

 当日、会場に行っていた僕らのスローフードの仲間のひとりが、「子供たちも、こんなに元気なんだもん。俺たち、大人も頑張らないとな。」と一言つぶやくと、みんなで無言でうなずきました。

 今回、このような企画を行っていただいた、日本フランス料理技術組合の皆さま、日本バレーボール協会の皆さま、東急グループの皆さま、米国食肉輸出連合会の皆さま、協賛いただきました関係各団体の皆さまに心より感謝申し上げます。

 ありがとうござました。

 

富県宮城グランプリ 特別賞受賞

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このたび、スローフード気仙沼が富県宮城グランプリ 特別賞を受賞しました。

 今回の受賞は、全国に先駆けた「気仙沼スローフード都市宣言」において中核的な役割を果たし、さまざまな活動を通じて「食」と「観光」の両面で地域に貢献したことが評価されたものです。

 
 これは、単にスローフード気仙沼が受賞したということではなく、気仙沼の方々、地域づくり団体の皆さんとの連携の中で行ってきた取組みが高く評価されたものなのだと確信しています。


 私が社会人となった頃、この“食を核としたまちづくり”は2年目を迎えていた時期で、私の仕事の9年間は『スローフード』とともにあったような気がします。

 食を通じた「まちづくり」の中で、バックグランドである、この地域の自然、歴史、文化を学んでこれたのも、多くの方々との出会いがあったからこそだと思います。


思い起こせば、2004年6月、イタリアの国際物産展「スローフィッシュ」に参加し、私なりに勉強したことは、“ないものを作り出すことではなく、今あるものを大切にしながら、そして後世に繋いでいく”という考え方の重要性でした。


 先日、役員の方が『大きな震災直後ですが、この地域のこれまでの営み、文化というものを大切に保存しながら、復興し、そして次の世代につなげていくことが大切なんだ!』ということをおっしゃられていて、あらためてイタリアで学んだことを思い起こしました。


 また別な話になりますが、唐やの吉田親方と私の中で、いつも“まちづくり”の雑談をする時、共通の思いを持っています。それは、日本料理においても、地域づくりにおいても基盤を成しているのは『温故知新』だということです。

 
 先人の方々が築いてきたもの、思いを心の中で温め、大切にしながら、新しきを知るということ。


 先人の方々が漁業文化を発信し、港町としての知名度を高めてきた気仙沼。今も、海・山・川が繋ぐリアスの恵みからもたらされてきた文化圏は生きています。

 
 だからこそ、皆さんとともに願う思いがあります。
  ―この気仙沼から、スローフード都市の復興へ―

多くの方々への感謝

 昨日、被災してから初のスローフード気仙沼役員会が開催されました。

 菅原理事長からの報告で、今、スローフード気仙沼と繋がりのある国内の仲間の皆様からの支援、そして世界的規模で気仙沼を応援していただいている方々がおられることを知り、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 また、これまで、私達が行ってきた地元食材を活用した子供向け料理コンテスト「プチシェフコンテスト」の審査委員長の三國清三シェフ、副審査委員長の木村克己さんの国際的な繋がりで、大きな動きが生まれていることに、涙が出そうになりました。


 平時でさえ、気仙沼を応援してくださっている、気仙沼の未来を真剣に考えていただいている方々が大きなパワーを向けていただいている。

 人と人との繋がり、絆、、、被災してからのこの約3ヶ月は、言葉に表せない感動の連続の日々を過ごしています。

http://mikuni555.com/conts/modules/conts/index.php?content_id=210

淳也さんの愛用ラッパ

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 5月28日(土)の新聞記事で、マサキ食品の千葉淳也さんが、被災した土地から愛用ラッパが見つかったとの記事を読みました。

 このラッパは、淳也さんがリヤカーをひきながら、軽快に「プゥ―プゥ―」と吹かれていた思い出の品だそうです。

 私も昨年11月の気仙沼スローフード タウン&ライフ フェスティバル(イベント)の際、爽やかに半纏を着こなし、豆腐を売る淳也さんが、すごく市(いち)の雰囲気を創出してくれていて、この写真を撮影させていただきました。

 私自身も自宅は被災しましたが、3月12日から1週間は、食料と水が欲しくなり、その次に衣服、徐々に普通の暮らしに戻っていく中では思い出の品がすごく懐かしく、自分を励ましてくれることがあります。

 変な話かもしれませんが、被災した自宅付近から私の下駄箱が出てきて、愛用していたスニーカーが中にしっかり入ったまま出てきただけで、まるで考古学で何か発掘したような、すごくうれしい感情に包まれます。

 『津波にあっても、形のこってる。洗えば使える!!』って。

 物は買えば、買えないことはないかもしれません。しかし、自分の愛用品の大切さ、ものの大切さ、自分の足跡の大切さを今回被災してみて、あらためて感じます。

岩手名物 はっと汁

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 5月21日(土)、お隣のまち、一関市千厩町で昭和57年から夜市を行っている『千厩夜市実行委員会』の皆さんが、気仙沼商工会議所前で、名物の“はっと汁”を約200名分振舞ってくださいました。

 今回は、『同じ商店主として、気仙沼の商店街の皆さんにぜひ“はっと汁”を食べていただいて少しでも元気になっていただきたい。』との思いより実現した振舞いです。

 当日は、商工会議所近隣の商店街(一番街や八日町)の方々に食べていただいた他、避難所から見えられたお客さんにも食べていただき、「温かくて、野菜もたくさん入っていて美味しい。」と大好評でした。

 私も被災してから、初の振舞いイベントのお手伝いとなり、イベント屋 佐藤としてお客さんと会話しながら、心地よい時間を過ごさせていただきました。


 千厩町の産直の女性スタッフの皆さん、千厩の商店街の皆さん、心温まる振舞い、ありがとうございました。

 岩手内陸部で名物の“はっと”から地域間交流が生まれ、復興の中で、少しづつスローフードな繋がりによる光を感じました。

負げねぇぞ 気仙沼

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 標準語で言うなら、「気仙沼は負けないぞ!!」という意味に近いでしょうか。

 シェフズ倶楽部の すがとよ酒店の豊樹さんのお母さんが描かれたオリジナルラベルで販売されている「すがとよ酒店の“負げねぇぞ 気仙沼"の日本酒」。

 このお酒は、地元の2酒蔵(男山本店さんと角星さん)の日本酒に、すがとよオリジナルラベルを貼って販売されていて、私も一本買いました。

 先日、テレビ等で、一部放送されたら、全国から様々な問合せがあったそうで、「気仙沼の方々を少しでも支援したい、サポートしてあげたい。」といった心強い皆さんがいることにも感動されておられました。

 今、この気仙沼では、みんなが力強く頑張っています。
 「今回のような災害があっても、気持ちでは負けないぞ!!」という思いを持って、みんなが手をとりあって“結(ゆい)”の精神を大切にしています。

 そして、そういった高いモチベーションを持った方々に支えられて、相乗効果の中で、もう一度みんなで手を取り合ってがんばろう!

 そういった気持ちを感じるのです。

唐やさんのトンカツ

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お久し振りです。
事務局 佐藤です。

昨日は、ひさびさに「唐や」の吉田親方のところに寄って、お持ち帰りの「トンカツ」を家族分 3枚買って、夕食時にいただきました。

 唐やの吉田親方は、今回の震災の後、海の幸がなかなか手に入りにくいことから、近隣の岩手県の藤沢町で豊かに育った「館ヶ森高原豚」を活用した「トンカツ」をランチに使用して、今頑張っています。

 良い素材が、海だけではなく、山にもある。この三陸地域がいかに自然豊かな土地なのか再認識します。

 2ヶ月ぶりに食べたトンカツ、すごくおいしかったです。私も避難所生活では、全国からの炊き出しに来た方々との交流の中で、いろんな人々に支えられて、いろんな方々から連絡頂くたびに涙が出そうなくらい、嬉しくもなり、また同時に「こんなことくらいで負けてられるか!」というような気持ちにもなりました。

 トンカツ食べて、元気になって、また皆さんと一緒に地域づくりに参加したいと思います。微力ながら僕なりのペースで。

涙がでるぜ

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清洋水産の清水社長本当にありがとうございました。
また清勝丸のみなさんご支援ありがとうございます。

大きな地震のあと各地を襲った大津波、ライフラインが寸断され通信網が絶たれ気仙沼も甚大な被害をもたらしました。
それでも気仙沼港は、大島に守られ魚市場の屋上に避難した我々八百人あまりも全員無事でした。
いち早く清水社長には多大なるご支援をいただきまして、本当にありがとうございます。
これから復興に向けて全力でがんばっていきます。

ありがとうございます

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有限会社 アイフーズの寺田社長たくさんの気持ちのこもった支援物資の数々本当にありがとうございました。
ソフトバンクがぜんぜん復旧しないなか、皆様に家族も社員も社員の家族も全員無事ですの一言が伝えられず申し訳ございませんでした。
皆様のたくさんの愛情しっかり受け取りました。
復興にむけて全力でがんばります。

きれいなお花と僕

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瓦礫ばかりの魚市場周辺と磯屋水産に少しでも希望の光をと、東京からお花を飾りにきてくれた鈴木社長 粋な計らいありがとうございます。
泡盛のラベルにはがんばれ磯屋水産の文字が・・・・・。

市場も会社もぼろぼろだけど、みんなからもらった愛情や励まし、数々の応援、ありがとうございます。 
本当にありがとうございます。

まだまだここからがんばるぜー。

                安藤 竜司