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ロースかつ膳

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 唐やさんのロースかつ膳。今日の昼食に、職場の先輩と食べにいきましたが、かつの“ころも”がサクサクで、油が下に流れる構造のお皿という気配り。さすが、吉田親方だ!!と思いました。

 吉田親方は、「修行時代、割烹をやってきたので、スタイルはどのようにでも変化できる。」と言います。

 私も若いうちにベースを築いていけるよう頑張ろうと思います。

記憶のまち 

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 こんにちは!

 さきほど、気仙沼地域交流センターに行ったら、“<気仙沼みらい計画>記憶のまち” が展示してありました。

 このジオラマは、今回被災した気仙沼の2つのエリアをピックアップし、3月11日前の気仙沼の日々の営みのあった地域の復元模型です。

 私は、この写真の左上の南気仙沼駅から、気仙沼湾を望む道路を散歩するのが好きでした。駅から港へ、、、。その間に商店街があり、スーパーがあり、本屋さん、お菓子屋さん、海鮮市場があり、人と人が交流したエリアです。

 今回、神戸大学建築学科規橋研究室の皆さん、武庫川女子大学有志の皆さんが模型作成され、気仙沼市民の有志や、神戸大学の有志も色づけ等に参加されたそうです。

 私の高校時代の友人二人も、このプロジェクトの“色づけ”に市民参加していました。友人二人も私同様に自宅は被災していますが、何かみんなに発信したいという思いやりの事業に共感を覚えたのだと思います。

 また、新しい建物にこの地域が変わっていくこととなると思いますが、写真右上の気仙沼大川沿いにある桜並木は今も生き続けています。

 変わらずにある大川桜並木。暮らしの中にあった自然景観を守ること、暮らしとともにあった環境を守っていくこともまた、後世に繋いでいくべき大きな財産だと思います。

 今週末、この大川桜並木を保全する活動をしている市民団体さんが来春の桜の開花にむけ、除草作業などを行うそうです。

 
 『思いやりから“希望”が生まれる気仙沼』

 「そんな街ができていったら、いいなぁ!」と心の中でつぶやいてみました。

 

日本酒復興  それぞれが守った“希望の光”

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地域情報誌 Kappo(仙台闊歩)の7月号『日本酒復興』の記事に気仙沼の二酒蔵である菅原理事長の㈱男山本店さんのお酒、㈱角星さんのお酒が紹介されています。

今回は、ほかにもスローフード気仙沼理事でもあるリアス・アーク美術館の山内宏泰学芸員が東日本大震災前に作成された明治の大津波の本から今回の震災についての思いや、アンカーコーヒーの小野寺靖忠さんが関わる復興ファンド、本ブログでも紹介させていただいた「すがとよ酒店」さんの復興祈願の「負げねぇぞ!気仙沼」ラベルの地酒、唐桑出身の親方が経営する『BISUI はんぞう』さんの思い、気仙沼出身のアーティスト 畠山美由紀さんの地元気仙沼への思いなどが紹介されていて、私たち気仙沼人が手にとって読んでも、すごく元気をいただける内容となっています。

 ぜひ、書店で手にとってみてください。

富県宮城グランプリ 特別賞受賞

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このたび、スローフード気仙沼が富県宮城グランプリ 特別賞を受賞しました。

 今回の受賞は、全国に先駆けた「気仙沼スローフード都市宣言」において中核的な役割を果たし、さまざまな活動を通じて「食」と「観光」の両面で地域に貢献したことが評価されたものです。

 
 これは、単にスローフード気仙沼が受賞したということではなく、気仙沼の方々、地域づくり団体の皆さんとの連携の中で行ってきた取組みが高く評価されたものなのだと確信しています。


 私が社会人となった頃、この“食を核としたまちづくり”は2年目を迎えていた時期で、私の仕事の9年間は『スローフード』とともにあったような気がします。

 食を通じた「まちづくり」の中で、バックグランドである、この地域の自然、歴史、文化を学んでこれたのも、多くの方々との出会いがあったからこそだと思います。


思い起こせば、2004年6月、イタリアの国際物産展「スローフィッシュ」に参加し、私なりに勉強したことは、“ないものを作り出すことではなく、今あるものを大切にしながら、そして後世に繋いでいく”という考え方の重要性でした。


 先日、役員の方が『大きな震災直後ですが、この地域のこれまでの営み、文化というものを大切に保存しながら、復興し、そして次の世代につなげていくことが大切なんだ!』ということをおっしゃられていて、あらためてイタリアで学んだことを思い起こしました。


 また別な話になりますが、唐やの吉田親方と私の中で、いつも“まちづくり”の雑談をする時、共通の思いを持っています。それは、日本料理においても、地域づくりにおいても基盤を成しているのは『温故知新』だということです。

 
 先人の方々が築いてきたもの、思いを心の中で温め、大切にしながら、新しきを知るということ。


 先人の方々が漁業文化を発信し、港町としての知名度を高めてきた気仙沼。今も、海・山・川が繋ぐリアスの恵みからもたらされてきた文化圏は生きています。

 
 だからこそ、皆さんとともに願う思いがあります。
  ―この気仙沼から、スローフード都市の復興へ―

淳也さんの愛用ラッパ

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 5月28日(土)の新聞記事で、マサキ食品の千葉淳也さんが、被災した土地から愛用ラッパが見つかったとの記事を読みました。

 このラッパは、淳也さんがリヤカーをひきながら、軽快に「プゥ―プゥ―」と吹かれていた思い出の品だそうです。

 私も昨年11月の気仙沼スローフード タウン&ライフ フェスティバル(イベント)の際、爽やかに半纏を着こなし、豆腐を売る淳也さんが、すごく市(いち)の雰囲気を創出してくれていて、この写真を撮影させていただきました。

 私自身も自宅は被災しましたが、3月12日から1週間は、食料と水が欲しくなり、その次に衣服、徐々に普通の暮らしに戻っていく中では思い出の品がすごく懐かしく、自分を励ましてくれることがあります。

 変な話かもしれませんが、被災した自宅付近から私の下駄箱が出てきて、愛用していたスニーカーが中にしっかり入ったまま出てきただけで、まるで考古学で何か発掘したような、すごくうれしい感情に包まれます。

 『津波にあっても、形のこってる。洗えば使える!!』って。

 物は買えば、買えないことはないかもしれません。しかし、自分の愛用品の大切さ、ものの大切さ、自分の足跡の大切さを今回被災してみて、あらためて感じます。

岩手名物 はっと汁

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 5月21日(土)、お隣のまち、一関市千厩町で昭和57年から夜市を行っている『千厩夜市実行委員会』の皆さんが、気仙沼商工会議所前で、名物の“はっと汁”を約200名分振舞ってくださいました。

 今回は、『同じ商店主として、気仙沼の商店街の皆さんにぜひ“はっと汁”を食べていただいて少しでも元気になっていただきたい。』との思いより実現した振舞いです。

 当日は、商工会議所近隣の商店街(一番街や八日町)の方々に食べていただいた他、避難所から見えられたお客さんにも食べていただき、「温かくて、野菜もたくさん入っていて美味しい。」と大好評でした。

 私も被災してから、初の振舞いイベントのお手伝いとなり、イベント屋 佐藤としてお客さんと会話しながら、心地よい時間を過ごさせていただきました。


 千厩町の産直の女性スタッフの皆さん、千厩の商店街の皆さん、心温まる振舞い、ありがとうございました。

 岩手内陸部で名物の“はっと”から地域間交流が生まれ、復興の中で、少しづつスローフードな繋がりによる光を感じました。

負げねぇぞ 気仙沼

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 標準語で言うなら、「気仙沼は負けないぞ!!」という意味に近いでしょうか。

 シェフズ倶楽部の すがとよ酒店の豊樹さんのお母さんが描かれたオリジナルラベルで販売されている「すがとよ酒店の“負げねぇぞ 気仙沼"の日本酒」。

 このお酒は、地元の2酒蔵(男山本店さんと角星さん)の日本酒に、すがとよオリジナルラベルを貼って販売されていて、私も一本買いました。

 先日、テレビ等で、一部放送されたら、全国から様々な問合せがあったそうで、「気仙沼の方々を少しでも支援したい、サポートしてあげたい。」といった心強い皆さんがいることにも感動されておられました。

 今、この気仙沼では、みんなが力強く頑張っています。
 「今回のような災害があっても、気持ちでは負けないぞ!!」という思いを持って、みんなが手をとりあって“結(ゆい)”の精神を大切にしています。

 そして、そういった高いモチベーションを持った方々に支えられて、相乗効果の中で、もう一度みんなで手を取り合ってがんばろう!

 そういった気持ちを感じるのです。

唐やさんのトンカツ

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お久し振りです。
事務局 佐藤です。

昨日は、ひさびさに「唐や」の吉田親方のところに寄って、お持ち帰りの「トンカツ」を家族分 3枚買って、夕食時にいただきました。

 唐やの吉田親方は、今回の震災の後、海の幸がなかなか手に入りにくいことから、近隣の岩手県の藤沢町で豊かに育った「館ヶ森高原豚」を活用した「トンカツ」をランチに使用して、今頑張っています。

 良い素材が、海だけではなく、山にもある。この三陸地域がいかに自然豊かな土地なのか再認識します。

 2ヶ月ぶりに食べたトンカツ、すごくおいしかったです。私も避難所生活では、全国からの炊き出しに来た方々との交流の中で、いろんな人々に支えられて、いろんな方々から連絡頂くたびに涙が出そうなくらい、嬉しくもなり、また同時に「こんなことくらいで負けてられるか!」というような気持ちにもなりました。

 トンカツ食べて、元気になって、また皆さんと一緒に地域づくりに参加したいと思います。微力ながら僕なりのペースで。

2011・2・19 SF全国大会in八戸

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 2月19日(土)、20日(日)と青森県八戸市で行われたスローフード全国大会に参加してきました。
 会場はウミネコの繁殖地でも有名な鮫町・八戸シーガルビューホテル花と月の渚で行われました。会場の屋外テニスコートでは鮫・冬の賑わいフェスティバルが開催されていました。各テントでは『せんべい汁』など地元ならでは食材を使用した郷土料理などが販売されており、中には釣ったワカサギをその場で天ぷらにし味わうことができるテントなどもありました。今や『チーム八戸』で有名になったカーリングの体験型・人間カーリング大会なども観戦することができました。

 その後、大育館で行われた全国大会ではスローフードインターナショナル国際事務局長 パオロ・ディ・クローチェの記念講演としてスローフードとして持続可能な農業の推進に努めることや発展途上国におけるスローフードの様々なプロジェクトについて聴講した後に、会員総会が行われ2010年度の収支決算報告や時年度の会長、副会長、事務局長、監事についての選任がおこなわれ承認後、スローフードJPANの新体制が決まり今後の活動に皆さん期待されていたようでした。

 全国大会終了後は夕方から同会場にて交流会が行われ、八戸市に昔から伝えられている、そば粉を平たにして三角に切った物を野菜や豆腐を入れた鍋で湯がき、ネギ味噌やニンニク味噌を付けて味わう『そばかっけ』や地域ブランドとして定着しつつある『八戸前沖サバ』を使用した『締めサバ』など、他にも沢山の伝統的な料理や地元ならではの食材を使用した料理を味わうことができました。また国の重要無形民俗文化財に指定されている『えんぶり』というその年の豊作を祈願する伝統行事を堪能することもできました。気仙沼で例えるならば、廿一の『田植え踊り』や早稲谷の『鹿踊り』に似たようなイメージかと思います。

 その後は、場所を本八戸に移し『みろく横町』を視察してきました。屋台村ということで、三日町から六日町の路地には数十件の各屋台が犇めき合いそれぞれが、それぞれに地元の食材を生かしたかたちで提供していたようです。どの屋台を覗いてみても、店主とはもちろんですが、お客さん同士の笑い声の飛び交う光景が見受けられました。お互いに見ず知らずの人間同士が、和気あいあいとすぐに打ち解けられるのは、屋台にある独特の空間だからこそではないかと思いました。

食をクリエイトする宮城の50人

 今月の情報誌 Kappo の『食をクリエイトする、宮城の50人』という特集に、唐や 吉田親方が、鮪のカラスミづくりの話で掲載されています。

 書店等でも販売されておりますので、ぜひお手にとってご覧ください。